もう間もなく桜前線が日高地方を通過しようという4月17日。アイスメルティングにとっては2歳の誕生日にあたるこの日、浦河町の愛知ステーブル本場から千葉県内にある分場へと移動した。千葉分場は、ウォーミングアップで使用する角馬場、1周1200mのダートトラックコース、豊かな自然に恵まれた屋外ウッドチップ坂路を有する。兄姉に2頭のJRAオープン馬がいる良血馬が、いよいよデビューに向けての最終ステップに入ることになる。
その移動からさかのぼること、1週間。愛知ステーブル本場の〝卒業試験〟が軽種馬育成調教センター内の屋内坂路で行われた。「昨年9月に移動してから今日まで、大きなトラブルなく調教を重ねることが出来ました」と同ステーブルの矢野場長が話す。「4月生まれですから、まだ成長の余地を残しますが、本場でやるべきカリキュラムは、ほぼクリアしてくれました。もう少し手元に置いておきたい気持ちもありますが、暖かいところへ移動することによる環境の変化が成長を促してくれると思います。今日は調教強度を強めて馬がそれに耐えられるかどうかを見極めたいです」と、やや親心を交えながらその〝試験〟を見守った。それは全長1000mの屋内ウッドチップ坂路で行なわれ、目安としては最後の2ハロンを13.0-13.0秒前後でまとめたいと言う。
馬房では、コンビを組む折田優月さんが馬体の手入れとチェック。「何か、いつもと違う雰囲気を感じ取っているのか、少し興奮気味ですね」と言いながらハミをつけ、鞍を置く。「実は、私の父親も愛知ステーブルで働いていました。その時にアイスメルティングの母ラルティスタを担当していたことがあったそうです。父からはスピードと激しさを併せ持つ馬だったと聞いています」というエピソードを披露しながら、ヒラリと馬上の人になり、騎座と手綱を通して馬との意思疎通を図りながら、馬場へと向かう。独特とまでは言わないが、逞しい上腕を遠くの位置から力強く掻き込み、長い大腿骨と高めに位置した飛節を可動域の広い股関節によって後肢が深く踏み込まれる。キビキビとして、それでいて大きな完歩が力強い推進力を生み出している。
馬は記憶力の優れた動物だ。取材者の勝手なイメージだが、馬房内で悩まされていた行き場のないイライラ感が、コースへ向かうことで強い前進気勢へ転化したように見えた。ウォーミングアップを兼ねた1本目は15.0-15.0秒。首を上手に使い、大きなストライドで坂を駆け上がってくる。それでスイッチが入ってしまったのかどうかは分からないが、まだ体力に余裕があるようで気合は十分。このコースは坂路とはいうものの、スタートして350mまでは平坦だ。計測はスタートしてから150m地点で始まるので、最初の200mは平坦になる。その後の200mには2.5%の傾斜角度が設けられ、さらにゴールに向け3.5%と角度が増して最後は5.5%でフィニッシュ。安全面を意識した設計になっているが、体力の消耗と傾斜角度が正比例しており、馬にとっては過酷なコースともいえる。関係者が見守る中での2本目は人馬の気合が入りすぎたこともあってテンから飛ばし、最後の2ハロンは12.7-13.3秒。減速ラップとなってしまったが、それでも2ハロンの時計は26.0秒ピタリ。促されながらの登板は本馬にとって初めての経験でもあり、「最後は少し疲れてしまったが、それでも全体を通して綺麗に走ってくれました」と満足そうに話してくれた。「母のラルティスタは最後まで当場で育成させてもらった馬ですし、兄メイショウチタン(牡、父ロードカナロア)、やセミマル(牡、父アメリカンペイトリオット)、姉カルチャーデイ(牝、父ファインニードル)は、市場コンサイニングホースとして関わらせてもらいました」という言葉通り、矢野場長はこの一族を熟知している。メイショウチタンは比較的扱いやすい馬だったそうだが、総じて言えば気が強く、スピードを武器にする一方で確かな成長力をも併せ持つ馬が多いファミリーだという。
本馬の曾祖母ココパシオン(92年仏国産、父グルームダンサー)は仏国のマイル重賞シェーヌ賞の優勝馬。同馬の1歳違いの全妹であるゲートドクルールの持ち込み馬リトルオードリー(93年早来産、父グルームダンサー)が、1996年の4歳牝馬特別(現在のフィリーズレビュー)に勝ち、オークスではエアグルーヴ、ファイトガリバーと差のない競馬をしたことから、社台ファームによって輸入された。このファミリーからは、2021年の桜花賞3着馬で2022年のヴィクトリアマイル2着ファインルージュや、2012年新潟2歳Sをレコード勝ちしたザラストロ、あるいは2007年の弥生賞2着、同年目黒記念2着ココナッツパンチなどが出ている。兄メイショウチタンは4歳1月に3勝クラスを卒業してオープン入り、7歳となった昨年もリステッドレースの谷川岳Sに勝ち、さらに年齢を重ねた今年は東京新聞杯3着で、ハイラップを刻んだ大逃げで場内を沸かせた。また2023年のファンタジーSを勝った姉カルチャーデイも雌伏の時を超え、今年3月の米子城Sを逃げ切って存在感を示している。
一方、父のサンダースノーはダート2000mのドバイワールドカップ2連覇がフィーチャーされることが多いものの、仏国の2歳王者決定戦クリテリウムアンテルナシオナル(芝1400m)を5馬身差で圧勝し、愛2000ギニー2着のちジャンプラ賞(芝1600m)を逃げ切り勝ちするなど、欧州のトップマイラーとしての一面も併せ持つ。2023年にデビューした産駒は、ダートグレード2勝のテンカジョウをはじめとしてダート中距離に適性を示すものが多い。一方で、2世代目産駒のベイビーキッスは先行力を武器に芝1200m戦を連勝し、ニュージーランドトロフィーに駒を進めている。産駒の多くは、サンダースノーの現役時代を彷彿させるような逃げ、先行力を武器にするのも特徴的だ。
「アイスメルティングは、ファミリー特有のスピード能力を持ち合わせている一方で、馬格に恵まれ、また性格的にも落ち着いた馬ですから距離に対する融通性はあると思います。ダートコースよりもウッドチップの方が良い動きを見せてくれる事から芝向きかもしれませんが、それでも成長途上の現状で、これくらいの時計が出せるのであれば十分合格点。魅力ある1頭だと思います」と矢野場長が強調する。
愛知ステーブルは、2006年の牧場開設以来、市場におけるコンサイナーとして、騎乗馴致から厩舎へ送り出すまでの後期育成牧場として、また現役競走馬のリフレッシュを目的とした休養牧場として、どのステージにおいても高い評価を得ている。そんな気鋭の牧場が満を持して初提供を決めたアイスメルティングに、ぜひご注目いただきたい。