本稿の主役であるローレルエースは、早期デビューに備えて、4月上旬に栃木県のトゥモローファームへ移動することが決まった。「トゥモローファームの齋藤野人代表、松永康利厩舎でこの馬を担当してくれることが決まっている厩務員の方と私は、かつてノーザンファームで同じ釜の飯を食った仲間同士。気心が知れていますし、普段から密に連絡を取り合っています。今回は、この馬にとって最も良いと思えるタイミングで移動させることにしました」とパッショーネの西野代表が話す。「ローレルエースは、ここまで順調に成長してきましたが、まだまだ伸びしろがあると思っています。さらなる成長を促すためにも環境の変化が必要だと判断しました。充実した施設を持つトゥモローファームなら、余すところなく能力を引き出してくれるはずです」と、その理由を説明してくれた。この取材日からおよそ2週間後に、ローレルエースはパッショーネを旅立つ。
「馬が、何かを察しているわけではないと思いますが、最近は馬房の前を他の馬が通るとピリッとすることが多くなってきました。肉体的にはもちろん、精神的にも競走馬らしくなってきたのだと思います」と言うのは、騎乗馴致を終えた昨年8月から、ずっと調教パートナーを務めてきた田口彩夏さんだ。ウォーキングマシンでの準備運動を終えたローレルエースに、迫る別離を惜しむごとく声をかけ、馬装を始める。「普段はおとなしくて、かわいい馬なんです」と話す通り、馬房の中では人間を頼っているようにも見える。ハミをかけ、丁寧にバンデージを巻き付け、そして鞍を置く。ここで身体全体に緊張感を漂わせる馬も多いが、ローレルエースは田口さんとの〝会話〟を楽しんでいるかのようだ。「例えば急激に背が伸びるとか、体重が増えたりするような馬は成長曲線が分かりやすいのですが、ローレルエースの場合は精神的な部分も含め、ずっとなだらかなスロープを上がっているかのように成長を続けています。移動してきたばかりの頃に比べると身体全体にボリュームが出て、背中を上手に使えるようになり、乗り味が良くなっています」と頼もしそうに語る。
本質的には競走馬向きの気性をしているとのこと。調教を始めたばかりの頃は、逸る気持ちを抑えられないようなときもあったが、パッショーネスタッフのきめ細かいケアと、2度にわたる〝モモセ合宿〟、そして持ち前の理解力で我慢することを覚え、ストライドを伸ばして走れるようになってきた。
取材当日のメニューは、全長760m、最大高低差25mという屋外ダート坂路を2本というもの。「1本目はほかの馬の後ろで我慢させ、2本目は馬体を併せて闘争心をかきたてるような調教をする予定です。目安とすればハロン14秒前後になると思います」と教えてくれた。パッショーネの馬房は、坂路コースからは最も遠い。そのスタート地点までは起伏の激しい馬道を歩かねばならず、距離にして1000mくらいはありそう。もちろん、その間に他の育成牧場の馬たちとすれ違うことも珍しくない。これもまた精神的なトレーニングなのだ。
まだ屋外コースに慣れきっていないゆえか、ローレルエースは少し興奮しているようにも見えたが、鞍上が巧みに常歩と速歩を織り交ぜながら落ち着かせ、そして気持ちを前へと向かわせた。スタート地点の輪乗りで人馬の呼吸を合わせてから坂路に入ると、スムーズに加速し、大きなフットワークで駆け上がる。予定通りに、1本目は馬群の中で。おそらく、時計にすれば予定よりもややスローなハロン15秒程度だとは思うが、ゆったりと走っているので、大きく前方に張り出される前肢と深く踏み込まれる後駆が確認できる。
そしてもう1本。「併せ馬の相手が思った以上に動いてくれなかったので、ローレルエースとしては少し物足りない内容になったかもしれません」と少しだけ残念そうな顔を見せたが、すぐに「コントロールしやすく、操作性に優れた馬です。屋内坂路のウッドチップでも、屋外坂路のダートコースも変わらない走りを見せてくれました。広いコース、大きなコースでは身体全体を使って走ってくれたので楽しみが広がりました」と笑顔になった。その後のゲート練習も何事もないようにクリアし、この日の全カリキュラムを無事に終了した。
そんなローレルエースを、西野代表は「雰囲気のある馬」と表現する。成長途上にしてすでに460kgの馬体は、その数字以上に大きく見せる。とくにお尻の大きさは、ひと回りほど大きな馬と並べてもそん色ない。「初めて見たときから見どころのある馬だなと思っていましたが、この馬の従兄にあたるアンクルクロスを休養で預かったことがあります。お預かりした期間は短かったですが、競馬で良い結果に向かわせることができました。そんな縁も背中を押してくれました」と提供の決め手も話してくれた。
最も驚かされたのは、調教パートナーの田口さんも口にした、本馬の成長力だという。「体形も走り方も変わってきたので、この馬の場合は〝流れを壊さない〟ことにこだわってきました」というポリシーは、人間が抱く勝手なイメージに押し込めるのではなく、臨機応変な馬づくりに表れている。札幌市内のモモセライディングファームへの馬運車での輸送や、環境、扱う人、場所、飼葉の変化などを経験させ、精神的にも鍛え上げた。その結果、「当初は競走適性がマイル寄りなのかなと思っていたのですが、調教が進むにつれて長い距離を走ることができる心肺機能を持っていることが分かりました。負荷をかけても心拍数が正常値に戻るのが早いのです」と評するまでにスタミナ面も強化されたのだ。そして、プラスビタール社(旧エクイノム社)によるスピード遺伝子検査では、中長距離に適性を示す「T:T」タイプという結果を得ている。「まだまだ変わってくると思いますので断言はできませんが、長い距離を走ることができると言うのは天から与えられた才能。競走馬にとって長所だと思います。それに、長距離レースは多頭数競馬になりにくい。加えて、この馬は食欲もあり、ケガや病気とは無縁。身体が丈夫というのも、競走馬にとって大きな武器になります」と胸を張った。
そんなローレルエースへの出資をすでに決めた会員さん、そして検討中の会員さんに向けてメッセージをお願いすると、「これからの長い競走生活の中では、良いことも悪いことも出てくると思いますが、そういった事も楽しみながら応援して欲しい」と結んでくれた。大きな期待に胸を膨らませている西野代表とともに、本馬の成長を見守り、そして活躍を応援しようではないか。