9月に入っても日中は気温が30℃を上回る日が多く、残暑が厳しいこの夏。それでも下旬に入ると、朝晩は過ごしやすい日がやっと増えてきた。本稿の主役を務めるミーンアロットがデビューを目指して研鑽を積んでいる京都府の宇治田原優駿ステーブルを訪ねた日も、湿度こそやや高いものの、わずかに吹く風が心地良く感じられた。
宇治田原優駿ステーブルは、新名神高速道路延長によるインターチェンジ新設のため、かつてあった場所から2年前に現在の場所へ移転している。旧所在地は採石場に隣接していたことから、採石時に発生する音のみならず、石を運搬する大型車両の往来による騒音などがあった。しかし、移転した場所は騒音や雑音は皆無で、鳥のさえずりしか聞こえないという非常に環境の良い場所である。しかも、敷地面積はなんと44ヘクタールと広く、スペースを贅沢に使えるので、育成馬や現役競走馬用の標準的な広さの馬房ではなく、より大きなサイズの繁殖牝馬用の広さの馬房を使用している。管理馬たちはみな、広々としたスペースでゆったりと過ごしているのが印象的だ。
厩舎は9棟あり、最大で300頭もの馬を管理できるという。場内には診療所もあり、開業獣医師が常駐しているのも当場の大きな強みだ。ちなみに、昨今の暑熱対策として各馬房にミスト発生装置と扇風機が設置されていたが、今年の夏からはさらに移動式のエアコンを導入したとのこと。これが功を奏してか、今年は夏バテのために調教を軽めにした馬はいたものの、休んだ馬は皆無だったそうだ。
恵まれた環境と厩舎のみならず、もっとも大切な調教施設も当然ながら充実している。とくに、直線1200メートルと長く、前半2ハロンが3.5%、後半2ハロンが4.5%という急こう配な屋外ウッドチップ坂路は、何度見ても圧倒される思いだ。やむを得ない事情での引っ越しで人馬ともにいろいろ大変だったと推察されるが、結果的により良い環境とゆとりある厩舎、そして調教施設を使用できるのだから、馬たちにとっては幸運だといえよう。
この日、取材に対応してくれた乾俊彦さんは、ミーンアロットが所属するA厩舎の調教主任だ。乾主任は、福島の天工トレーニングセンターや北海道の育成牧場などで調教スタッフとしてのキャリアを積み、当場での勤務は約15年になるという。怪我の影響により、現在は調教で自ら騎乗する機会こそなくなったそうだが、業界歴30年以上のベテランホースマンである。
そんな乾主任とともにA厩舎へ赴いた。すでにウォーキングマシンでのウォーミングアップを済ませてから馬房で待機していた本馬の馬装を始めたのは、ナス(NAS)さんというタイ人スタッフだ。乾主任によると「うちでは、乗り癖がつかないようにするためあえて騎乗担当者は固定せず、かわるがわる違うスタッフが乗るという方針です。今日は、このナスが担当します」とのこと。タイには競馬がないものの、ポロ競技で騎乗経験を積みながら馬に深く魅せられ、世界中の競馬開催国を回って騎乗技術を磨いてきたライダーだという。何もよけいなことをせず大人しい本馬の馬装はあっという間に終了し、人馬は厩舎を出て屋外ダートコースへと向かった。
屋外ダートコースに入ったミーンアロットは、軽やかでリズミカルなキャンターを披露。2000mの距離をじっくり乗り込んだ。続いて屋外ウッドチップ坂路へ続く下り坂に入ったが、首を振りながら歩く様子がなんだか楽し気で、思わず笑ってしまった。そして坂路調教がスタート。鞍上のナスさんにうながされて、ウッドチップを高く蹴り上げながら登坂し、16.0-13.8-13.9-13.8のタイムで走りきった。その様子を見ていた乾主任は「まだトモが甘く力が伝えられないので、坂路ではあまり走らないです」と辛口の評価をするが、「それでも走るフォームは良くて、きれいな飛びをしていますね」と話してくれた。
坂路調教を終えたミーンアロットは、広大な敷地をクールダウンしながら厩舎へ戻った。洗い場でさっぱりと汗を流してから馬房へ戻った本馬のアップを撮影すると、リラックスして遠くを見つめる表情が実に愛らしい。ところが立ち写真の撮影では、スタッフが一生懸命気を引いてくれたものの、なぜか薄く口を開けたまま閉じてくれなかった(笑)。たくさん連写したうちで、もっとも閉じていたバージョンを掲載させていただくので、どうかご容赦願いたい。
すべての撮影を終え、乾主任にあらためてお話をうかがった。「こちらへ入場してからしばらくは、環境の変化に戸惑って馬場入りをごねたりしていましたが、今はだいぶ慣れてくれました。少しナーバスなところがありますが、ルーラーシップ産駒にはそういう馬がいます。それでも、人の指示に対しては従順なので、乗り難しいことはありません。人に対して悪いことをせず、手がかからない優等生です」とうかがって安心した。
さらに「ゲート練習については、基本的なことを行なっている段階ですが、今のところ問題はないです。坂路のラストで13秒代前半を刻んでスッと楽に伸びてくれば、トレセンでの調教についていけると思いますが、そこまではもう少し体力強化が必要でしょう。息の入りは徐々に良くなっているので、あとは後肢に筋肉が乗ってくれば」と続ける。
最後に本馬の今後についてうかがうと、「もう少し力が付いてほしいけど、きれいなフォームで走ります。テンからせかすような競馬は向かないと思うので、芝の千六から二千の条件が活躍の場となりそうです」と結んでくれた。本馬を管理予定の宮地師も、「まだ頼りなさを残すものの、メンタル面はだいぶ成長してきたと感じます」と評する。「このまま順調なら入厩させて、ゲート試験合格まで進めてもいいかなという考えもありましたが、もう少し体力を付けてから入厩させたほうが、試験後の調整がスムーズにいくと思います。それまでしっかりと乗り込んで、栗東へ移動させる方針です」とのことだ。
もうしばらく、体力強化と馬体の充実を図りながら調教を積む日々が続くが、まじめで従順な本馬は、きっと関係者すべての期待に応えて頑張ってくれるだろう。さらなる成長を見守りつつ、トレセン入厩のゴーサインを待ちたい。