九州地区から単身で北海道に乗り込み、たった1人での起業から今年でちょうど10年目。その間に、南関東不敗の三冠馬ミックファイアをはじめ、マルモリスペシャル(ギャラクシーS)やメイショウダジン(天保山S)などJRAオープン特別競走の優勝馬を立て続けに送り出し、この春はマーチステークスに育成馬が3頭(ハビレ、ピュアキアン、ストライク)出走するという活躍を見せている吉永ファームから、同ファーム生産による提供馬が名刺代わりに届けられた。
「北海道に移住して育成牧場を開設し、農業従事者として認められたときから、生産事業はひとつの目標でした」と、「リゼブルー23」を前に吉永ファームの吉永正志社長が目を輝かせている。「生産は育成と同様にとても奥深いもので、今でも簡単にできるとは思っていません」と語る吉永社長の背中を押したのは、運命的とも思える本馬の母リゼブルーとの出会いだった。「めぐり合ったのは、たまたま見ていたオークションです。自分にとって思い入れが強いアンブライドルズソングの血が入っている牝馬で、馬格にも恵まれ、JRAで勝利しているというのも決め手になりました」というが、これだけの条件ならばそれまでにも多く存在していたはず。取材者の勝手な思い込みが許されるなら、〝運命的〟という言葉の裏側に〝機が熟した上での〟というフレーズを汲んでいただければ幸いだ。
吉永社長は16歳の時にオーストラリアで馬留学を経験している。その時、初めて任されたのがアンブライドルズソング産駒だったという。「オーストラリアにわたって2~3年経っていましたから、18歳くらいの時だと思います。本当に素晴らしい馬で楽しみにしていたのですが、運悪く放牧地で目を傷めて失明してしまったのです。豪州でのデビューは叶わず、シンガポールで勝ち上がったことをニュースで知りました」と無念さをにじませる様子から、思い入れの強さが伝わってきた。
運命的な出会いで導入したリゼブルーの初の配合相手に選んだのは、2012年の日本ダービー馬ディープブリランテだった。「配合、そして出産は、自分にとってもリゼブルーにとっても初めての経験。当時は言うなれば手探り状態でした。ディープブリランテ産駒に良い印象がありましたし、その頃はセダブリランテスやモズベッロが芝の中距離で活躍していたほか、ラプタスもダートグレード競走で実績を積み上げていました。サンデーサイレンス3×4というクロスを薦めてくれる人もいて、種付料との比較でリーズナブルだなと思いました」と、その理由を少し照れ臭そうに話す。その後もエルトンバローズなどの活躍馬を輩出したディープブリランテは2023年に種牡馬を引退。ラストクロップとなる現1歳馬は数頭しかいない状況からすると、クラブ募集馬としては実質的なラストクロップになるかもしれない。
こうして生まれたのが、ディープインパクトの血が入った初仔らしい馬格とやんちゃな性格、そしてサンデーサイレンス系の証ともいえる柔らかい馬体をあわせもつ芦毛の牡馬だった。「無事に生まれてくれたので、まずはホッとしました。とにかく元気な馬でパワフル。当歳馬だと思って油断すると人が負けてしまうほどでした。性格的には広い放牧地を喜んで走り回るアウトドア派で、集牧に行くスタッフの手を焼かせていました」と苦笑い。
離乳後は心身の更なる成長を目的に、新ひだか町の高橋ファームへ移動する。「高橋ファームはミックファイアの生産牧場で、ミックファイア以降も良いお付き合いをさせてもらっています。この仔も、そんな良い流れの中に置きたかった。中期育成の間は大過なく無事に過ごしたそうで、放牧地では自分よりも大きな見知らぬ馬たち相手に気後れすることなく立ち向かっていったそうですよ」と目を細める。
そんな「リゼブルー23」が、本格的に競走馬としての第一歩を踏み出すために吉永ファームで後期育成に入ったのは昨年8月のこと。「柔らかい身体の動きはそのままに、肉体的にも精神的にもだいぶ立派になって戻ってきました」と成長ぶりに感心したそうだ。「やんちゃな性格は分かっていましたので、慎重に進めました」という初期馴致はすぐに修了し、さっそく9月から騎乗馴致を開始した。12月までの間にBTC軽種馬育成調教センターの屋内ウッドチップ坂路で15-15を2本。正月休みを挟んだことで1度ペースを落としたが2月からは再び15-15に戻され、その息遣いと動きを確認してから追加募集枠でクラブへの提供を決めてくれたのだ。
2月生まれということを考慮すれば、まだ子供っぽさを残す445kgの馬体は芦毛ということもあって決して見栄えがするものではないが、前後、上下がバランス良く発達し、首から背中、そして腰へと流れるトップラインは、全体バランスとの比較の中で目立つほど発達した肩周辺の筋肉と相まって力強い。上腕が高く、なめらかに動くのは肩の可動域が広いからで、理想的な角度と長さの繋はクッション性に富み、深く踏み込まれる後駆は力強い推進力を生みだして身体全体を数字以上に大きく見せる。吉永社長の言葉を借りれば「欲を言えば、もうひと回り欲しい馬格も含めてバリバリのトップクラスではないかもしれないけれども、柔らかさとしなやかさを併せ持つ馬。総合的には水準以上の動きをしてくれています」と期待のほどを話す。「燃費の良い走行フォームなので短距離馬ではないと思う。ベストは芝の1800mくらい」と踏んでいる。ちなみに、遺伝子検査の結果は「C-T(ミドル)」だったそうだ。
取材当日は「リゼブルー23」にとって3回目となる「3ハロン41秒台」の調教を行なった。ここをクリアし、その後に問題が生じなければ5月末頃の入厩、そして夏競馬でのデビューが、理想とする目標から具体的な目標へと切り替わることになる。フカフカの屋内ウッドコースのウォーミングアップ馬場で軽快な走りを見せてくれたあと、全長1000mのウッドチップ坂路へ向かった。吉永社長は「パワータイプの馬ではないので深いダートは得意ではなく、完歩が大きいので坂路よりもフラットコースの方が持ち味を生かせるはず」と言うが、回転の早いフットワークでまっすぐに坂を駆け上がり、余裕たっぷりに与えられた課題をクリアしてくれた。満足できる調教を見届けた吉永社長は、早速、入厩を予定している萱野浩二調教師へ電話連絡。本稿での詳述は避けるが、デビューへ向けての大きな一歩を踏み出している。
ちなみに、リゼブルーの曾祖母にあたるコロンバイトはメジロ牧場が今から四半世紀前に大きな期待を込めて輸入した牝馬。さかのぼれば、豪州のコーフィールドSを勝ったフービガットユーや仏国のマルセルブサック賞を勝ってオークス2着のロザナラなど、南北両半球で血脈を広げる名ファミリーなのだ。
本馬を管理予定である萱野師はかつて所属していた奥平真治厩舎でメジロライアンの調教パートナーを務めており、深い縁もある。「ご本人は言葉にしませんが、心に期すものがあるはず。その薫陶を受けて、こちらが期待する以上の活躍をしてくれるのではないでしょうか」と締めくくってくれた。吉永社長も、そして萱野師も、思い入れとゆかりのある血統背景を持つ本馬に、大きな期待を抱いているに違いない。