
朝の空気がまだ冷たく張りつめている時間帯に、トゥモローファームへ到着した。駐車場に車を停めると、ほどなく久杉厩舎長が出迎えてくださる。挨拶を交わし、すぐに馬装中のザデイ24の馬房へと案内していただいた。取材時点では競走馬名の発表前だったが、原稿制作中に「ノワドゥココ」に決定したとクラブから知らせが入った。本稿では、その名を得る直前の姿を記させていただく。
ザデイ24の馬房に赴くと、当日騎乗するスタッフが本馬の背中に鞍下毛布を乗せているところだった。鞍を置き、鼻革やハミを着け、手際よく馬装を進める間、本馬は驚くほど落ち着いている。まったく余計な動きはせず、スタッフに身体を預けるように立っているのだ。
「普段は大人しいですか?」とたずねると、久杉厩舎長は穏やかに「基本的に大人しいですよ。北海道で馴致と調教を積んでからこちらに移動してきたので、日常の扱いで困る事はありません。調教ペースを上げてからは少しピリッとはしてきたけど、基本は良い仔です」と答える。“扱いに困らない”という言葉の裏にあるのは、人との関係性がきちんと築かれているという事実だ。久杉厩舎長からは筆者への質問も飛んできた。「馬名、もう決まりそうですか?」という問いに「『ノワドゥココ』になりそうですよ」と答えると、「可愛い名前で良かったです」とほほ笑む。甘えるかのようにたたずむ本馬とスタッフの間には静かな信頼関係がうかがえ、どこかほのぼのとした空気感が漂っていた。

馬装を終えたスタッフが馬房内で騎乗して厩舎を出る。踏み込みが力強く、地面をしっかり捉えており、ただ歩いているだけなのに弾力を感じさせる動きで、推進力がある。僚馬たちと合流して巻き乗りでウォーミングアップ。物見をする様子はなく、騎乗者の指示に集中していて、時折優しく首を撫でてもらっていた。
やがて屋外ダートコースに入るとダクで半周し、坂路コースへ向かう。久杉厩舎長に、坂路全体を見渡せる丘へ案内していただくと、美しいシルエットの木々に囲まれた絵のような風景が目に飛び込んでくる。久杉厩舎長が「今日は坂路2本です。2歳馬ばかりで上がってきますよ。ここは勾配がきつくてダートも深い。馬にとってはかなり負荷がかかるコースです」と教えてくれた。

栃木県芳賀町に居を構えるトゥモローファームは、宇都宮駅から車で30分ほどの山あいに位置し、豊かな自然環境と利便性を兼ね備えた立地だ。広大な敷地内には、1周900mのダートトラックコース、その隣には全長700mのダート坂路コースが設けられ、基礎体力の強化から実戦を見据えた調整まで段階的な調教を行なう事が可能である。
厩舎は4棟・全90馬房を有し、ウォーキングマシーン2基、ロンギ場も備えるなど、日々の運動メニューを多角的に組み立てられる設備がそろう。さらに、馬体への負担軽減とコンディション維持を目的とした温泉施設やプールも併設。ハードなトレーニングとリカバリーを両立できる環境が整っている。四季折々の美しい自然に包まれたこの地で、充実した設備と管理体制のもと、本馬の育成が進んでいるのだ。
登坂が始まり、久杉厩舎長の「3番手ですね」との説明直後、ザデイ24が目の前を駆け上がっていった。スピードに加えて力強さを同時に感じさせるフォームが美しく、思わず見惚れてしまう。1本目を終え、ダクで下りていく姿にも余裕があり、まだまだ走りたいと言っているような集中した顔つきを見せた。そして2本目は先頭でスタート。コーナー部分では首を進行方向へしっかり向け、目つきが鋭い。同じ2歳馬ながら、併走する仲間たちとは明らかに違う集中力と、闘志すらも感じさせる走りを見せた。
坂路を上り終えると、馬場横の森林馬道へ入り、蹄の音を響かせながら先頭で歩いて戻ってきた。堂々とした雰囲気を漂わせ、自然と目を引く存在感がある。鞍上がねぎらって首を撫でると、なんだか得意げな表情になるのがほほ笑ましい。久杉厩舎長は「終い15-15で3ハロン46秒。良い動きでした。自分からハミをとっていますし、今のところ言う事はないです」と満足げに評してくれた。馬装を解かれた本馬は、スタッフの羽生さんの手にゆだねられた。手入れの様子を撮影させていただく事をお願いすると、羽生さんは「照れちゃう」と恥ずかし気に笑い、久杉厩舎長は「彼女は馬への愛情たっぷりですよ」とたたみかける。スタッフ同士に流れる空気も柔らかく暖かいのが印象的だ。羽生さんに連れられて洗い場へ向かった本馬は、ていねいに身体を洗ってもらう間も、実に従順だ。身を任せて穏やかに立ち、タオルで拭いてもらうと、うっとりして目を閉じる様子が実に気持ちよさそうだ。

撮影を終え、改めて久杉厩舎長にお話をうかがった。「12月上旬に北海道から移動してきてから、輸送で減った馬体を戻すため約1週間休養させました。その間もテンションが上がる事はなく、新たな環境にもすぐ順応。北海道でていねいに手をかけていたのがよく判ります」という。その後、年末年始にも10日ほど休ませて馬体成長を促し、取材時点の馬体重は470kg台だ。胸前とトモに厚みが出て、筋肉のラインも明確になってきた。「筋肉の付き方がいかにもスピード馬らしく、切れ味を発揮できそうな馬体です。徐々に柔らかみが増していますが、ダート向きの芯の強さも持ち合わせています。飼葉食いも素晴らしく、飼葉桶からなかなか顔を上げないくらい。脚元も問題なく、順調そのものです」と評価している。「扱いに困らないし、落ち着いてどっしりした性格ですが、甘えん坊なところが可愛いですね」と教えてくれた。
そして、「この仔の姉ディーズプラネットは4勝を挙げたオープン馬、メイショウナゴミは3勝を挙げています。さらにディーズプラネットの初仔でヤシ・レーシングランチさん(以下ヤシさん)の育成馬でもあるエリカサファイアは、準オープンクラスで活躍中です。ヤシさんがそのエリカサファイアの後期育成を担当したご縁もあって、繁殖セールに上場されていた母ザデイに特別な思いを抱き、購入に至ったとうかがっています。母の産駒は牝馬の活躍が際立っている点も、大きな魅力のひとつですね」と本馬の血統的な魅力などについても言及。
最後に、「ヤシさんはこの10年間の経験を通じて、『馬は人から受ける思い入れや愛情、かけられた気持ちに必ず応えてくれる存在』だという確信を深めてきました。その思い入れも強さも、そして愛情もトゥモローファームが引き継ぎ、真摯に向き合いながら日々の育成にあたっています。この仔がこれからどのような軌跡をたどり、競走馬としての第一歩を踏み出していくのか。その歩みを見守れる事を心から楽しみにしています」と結んでくれた。
提供者であるヤシ・レーシングランチ社長が本馬に寄せる思いや愛情まですべてを受け継いだトゥモローファームが、手塩にかけてはぐくんでいるザデイ24ことノワドゥココのさらなる成長と活躍が楽しみでならない。

