
ワールドインハンズことウーマンインレッド24が早くも北海道から千葉県の和田牧場へ移動した。移動前に知らせを受け、急いで同馬が育成されている新冠町の福地トレーニングファームへと足を運んだ。ここは新ひだか町の名門牧場で長く場長を務めていた福地幸一さんが2015年に独立、開業した育成牧場。かつてナリタブライアンやビワハヤヒデ、レオダーバンなども駆け抜けた調教施設を利用して、24年のカペラステークスに勝ったカビーズシスターや今年2月の新馬戦を楽勝したノースブルースカイ、強烈な末脚を武器にデビュー2戦目で勝ち上がったジャンヌドゥレーヴなどを送り出している。当クラブの会員の方には、現4歳デュアルロールの育成牧場としてなじみ深いかもしれない。現在は福地代表以下、10名ほどのスタッフで35馬房を管理。「馬の個性を大切にし、かつニーズにあった馬づくり」で好評を博している。

この日のメニューは、雪解け間もない屋外坂路を利用したウォーミングアップと、屋内坂路を2本。ハロン15秒のスピード調教はすでに経験済みなので、それに準じた時計を出すと同時に、正しいフォームで最後まで走りきる事をテーマにしたいという。育成牧場の朝は早い。早朝にもかかわらず、厩舎の中はトレーニングでコースに出ている馬の馬房掃除、寝ワラ交換などで慌しく、活気に満ちている。そうした空気を感じとっているのだろう。馬装を待つワールドインハンズは、どこか緊張したような面持ちだ。「普段は大人しく、扱いやすい馬ですが、走りだせばスピード感のある走りをします。兄同様に武器はスピードになりそうです」と福地代表が頼もしそうに言う。「以前、対馬牧場さんの生産馬を扱わせてもらった事があるので、いつかはこの血統に携われるのではないかと楽しみにしていたのです。聞けば、ワールドインハンズはウーマンインレッド最後の仔。できればもう少し手元に置いておきたかった」と早期の移動を少し残念がったが、「少しでも良い状態で次のステップに送り出したいと思います」と気持ちを切り替えて北海道での最終調整を行なっている。

ワールドインハンズは、2019年のアイビスサマーダッシュなど直線1000m競馬で4勝を記録したライオンボスの弟。さかのぼれば、対馬牧場の代表に就任する前の現代表が1999年の米国キーンランド社ノベンバーセールで買い求めたミスカスウェルに辿るファミリーだ。年度代表馬アーモンドアイやElGranSenor(愛ダービー)、Redoute’sChoice(豪チャンピオンサイアー)などを送り出したBestinShow系で、累代配合種牡馬にはSeattleSlew、Nijinsky、Secretariatと欧米の三冠馬が居並ぶ豪華血統表。ステイゴールドとの配合は「ミスカスウェルは雄大な馬格の持ち主でしたが、ピリッとした脚に欠けるようなところがあったから」と語っている。ウーマンインレッドと名付けられたこの馬は、残念ながら蹄葉炎をわずらって競走馬にはなれなかったが、繁殖牝馬としては爆発的なスピードを産駒に伝えて、ブラックタイプをにぎやかなものにしている。

そのウーマンインレッドの15歳の春に選ばれた種牡馬がトゥザワールド。そのトゥザワールドはデビュー2戦目の15歳の春に選ばれた種牡馬がトゥザワールド。そのトゥザワールドはデビュー2戦目の初勝利から4連勝で挑んだ皐月賞は17番枠を引き当てる不運もあって2着惜敗となったが、暮れの有馬記念ではジェンティルドンナから0.1秒差2着。同世代のダービー馬を含む9頭のG1競走優勝馬に先着し、2014年のワールドベストレースホースランキングでは世代最高の120を与えられている。4歳シーズンは南半球のG1制覇に狙いを絞り、豪州のクイーンエリザベスSから香港のクイーンエリザベスⅡ世Cという遠征プランが立てられ、その前哨戦としてローズヒルガーデンズ競馬場の「ザ・BMW」に出走するも、3角付近で競走を中止した馬を避けるアクシデントに巻き込まれて2着。捲土重来を期したクイーンエリザベスSは前日にたっぷりと降った雨の影響もあって思うような結果を残せず、おまけに帰国後、右前脚に屈腱炎を発症して無念の引退となった。種牡馬として、これまで自身を超えるような産駒に恵まれていないが、この春は佐賀競馬から挑んだサキドリトッケンが地元重賞5連勝の実績を引っ提げてチューリップ賞に出走し、話題を振りまいた。また、対馬牧場にとってはキタノソワレ(JRA3勝)ヴァヴィロフ(南関東7勝)アイグレース(南関東6勝・現役)など相性の良さも見逃せない。本馬は、そのトゥザワールドにとってもラストクロップとなる。「現役時代の最高馬体重が554kgというライオンボスと比較してはかわいそうですが、大きくもなく、小さくもない標準的な馬体重で生まれてくれました。当牧場では1歳秋まで管理していましたが、ケガや病気とは無縁で健康な馬でした」と対馬代表。「トゥザワールドの産駒は、芝ダートを問わずに短い距離でスピードを生かす競馬をするような産駒が多いイメージです。会員の方に喜んでもらえるような馬に育って欲しい」と期待に胸を膨らませている。

取材当日は、中東のドバイで騎乗経験があるというベテラン外国人ライダーを背にゆっくりと馬場入り。この日は撮影を兼ねているので、先頭を歩いてもらったのだが、まったく物見をする事なく堂々とした馬場入りが印象的であった。屋内坂路では、2頭併走の縦列隊形のまま加速。雪よけネットがあるためにすべてを確認することはできなかったが、前脚を高く、そして遠くに伸ばして躍動感のあるフォームを披露してくれた。福地代表は「スピード調教を始めてソエ(管骨の骨膜炎)が出てきましたが、これは今時期の2歳馬なら当たり前の事。幸い、腫れたり歩様が乱れたりしているわけではありません。休ませて炎症が完全に収まるのを待つよりも、刺激を与えて骨の成長を促したほうが早く治るケースが多いので、しっかりと冷却ケアをしながら、そのまま進めています」ときっぱり。「どの馬もそうですが、デビュー前の後期育成は3歩進んで2歩下がるみたいなものの繰り返しだと思います。この馬も最初は気性面で幼いところがありましたが、それを乗り越える事で無駄な動きがなくなり、操作性が高まりました。スピード調教を始めて、飼葉食いが悪くなった時期もありますが、今ではそれも乗り越えてくれました。そういう強さがある馬です。ソエが出たという事は一見するとマイナスイメージかもしれませんが、この馬は坂路を駆け上がるときの音が、ほかの馬に比べて大きく、それはしっかりと負荷がかけられている証明だと思っています」と胸を張る。「重賞勝ち馬の弟という事で、会員の方々の期待も大きいと思いますし、ぼくらにもプレッシャーがありました。でも、それを乗り越えてくれるような馬になってほしいし、やれる事はやってきたという自負もあります。自信をもってバトンを渡せます」と言葉に力を込めた。

