内地ではまだまだ残暑が長引いているようだが、北の大地にはようやく秋らしい涼やかな風が吹きはじめた。そんな9月後半の某日、サートゥルチェアの近況を取材すべく、むかわ町のエクワインレーシングへと赴いた。
開口一番、「エルムステークスに勝ったフルデプスリーダーはじめ、この兄姉は何頭か扱わせてもらっていますが、共通しているのは気の強さと成長力。フルデプスリーダーも2歳戦で勝ち上がりましたが、5歳時に重賞を勝ったときはデビュー戦から30kgほど大きくなっていました。基本的には晩成血統なのですが、早い時期からも動けるのが特徴です」とエクワインレーシングの瀬瀬賢代表が強調する。
まずはその血統面をおさらいしたい。さかのぼれば、1994年の愛国1000ギニー勝ち馬のケイティーズにたどり着くファミリーで、ベテランファンには懐かしいヒシアマゾン(最優秀2歳牝馬、同3歳牝馬、同4歳以上牝馬)やアドマイヤムーン(年度代表馬)、エフフォーリア(年度代表馬)やスリープレスナイト(最優秀短距離馬)などを輩出している名牝系だ。早い時期から息の長い活躍をする馬が多いのが特徴的と言える。
一方、本馬の母ファーストチェアはデビュー前に度重なるアクシデントに見舞われたため、3歳6月の初出走からわずか1カ月半の競走生活だったが、経験馬相手の初戦では直線だけで勝ち馬に0.3秒差まで迫った好素質馬だった。競馬場で余すところなく発揮しきれなかった競走能力は、それを受け継いだ子供たちによって証明されることになる。
その期待のもと、2023年にファーストチェアの配合相手に選ばれたのは、ロードカナロア産駒のサートゥルナーリアだ。エピファネイア、リオンディーズの半弟にして不敗の皐月賞馬であり、有馬記念では2着と敗れたものの3世代の菊花賞馬を3~5着に退け、距離に対する融通性と非凡な能力を証明した。「イメージの基本になったのはエフフォーリア(父エピファネイア)なんです」と、配合秘話を明かしてくれたのは、本馬を生産した村田牧場専務だ。「ファーストチェアはエフフォーリアと同じケイティーズファーストの牝系なので、エピファネイアを配合すれば似た配合になります。エピファネイアとの配合も考えたのですが、総合的に判断して、その半弟サートゥルナーリアを配合しました」という。
その結果、サートゥルチェアの血統表にはニックス関係と言われるSadler’s WellsとNureyevの両方を存在させると同時に、サートゥルナーリアが5×6で持つ名牝Specialのクロスを6・7×5で継続させることとなった。そういった考え方のベースには「ファーストチェアという繁殖牝馬はダート向きの種牡馬を配合すればダート適性の高い馬を産み、芝適性の高い種牡馬を配合すれば芝馬を産んでくれています」という信頼感があるのだ。「イメージ通りにラインの綺麗な馬が生まれてくれました」と満足そうに話してくれた。
さて、育成に入ってからのサートゥルチェアに話を戻そう。当育成牧場移動後に受けたスピード遺伝子検査の結果は、スピードとスタミナを併せ持つCT型だった。瀬瀬代表の言葉を借りれば、本馬は「サートゥルナーリア産駒らしいサートゥルナーリア牝馬」とのこと。サートゥルナーリアの牝駒には、コートアリシアン(新潟2歳S 2着、ニュージーランドトロフィー 3着)やエストゥペンダ(フェアリーS 3着、クイーンC 3着)、そしてフェスティバルヒル(新潟2歳S 3着)など、どちらかと言えば競走センスとスピードを武器にする馬が多い。こういう軽いフットワークの馬は、坂路コースよりもトラックコースでこそ持ち味を発揮できるらしい。
取材当日のメニューは、屋内角馬場でのウォーミングアップと、全長1000mの屋内坂路を使用したスピード調教だ。手綱を握るのは、エクワインレーシングのオープニングメンバーにして、育成主任を務める山村秀騎さん。本馬の兄フルデプスリーダーや姉サピアウォーフなどの背中も知る頼もしいベテランライダーである。
「サートゥルナーリア産駒のサートゥルチェアとヘニーヒューズ産駒のフルデプスリーダーでは父親のタイプが全く違うので体型も異なりますが、この兄妹に共通しているのは気の強さ。調教でも真面目に走りすぎちゃうところがあるので、リラックスさせながら走らせたいです」と、この日の課題を自分自身に言い聞かせるようにしながら両前脚にバンデージを巻き付け、頭絡を装着して鞍を置く。緊張感走る瞬間だが、当のサートゥルチェアは涼しい顔。「馬房では大人しい馬なのです。治療や手入れなどで苦労したことはありません」と教えてくれた。そんなサートゥルチェアの表情が引き締まったのは、腹帯をしっかりと締めた山村主任を背に厩舎の廊下に出たときだった。「ほかの馬を見ると気合いが入ります。でも、それは決して悪い事ではありません」と話しつつ、屋内角馬場へと向かった。
集団の最後尾をゆっくりと歩かせるのは、取材者が撮影しやすいような配慮であると同時に、例え常歩であっても我慢することを覚えさせる意味もあるという。「競走馬ですから闘争心は必要なのですが、以前は負けたくないという気持ちが強すぎる面がありました。最近は調教を理解してきたようで、だいぶ大人になってきました」と頼もしげに話す。
屋内馬場に入ると、輪乗りより小さな円を描きながらのハッキングキャンターを行なう。後肢にしっかり負荷をかけながらバランスよく右回りと左回りを重ねていく。この収縮駈歩は馬にとってはかなり苦しい運動で、ほとんどの馬は途中で速歩に落とそうとするのだが、サートゥルチェアだけは、鞍上の指示どおりに動いている。こんなところにも持ち前の負けん気の強さが表現されているようで心強い。
そして、うっすらと馬体に汗をかくほどの十分なウォームアップを終え、坂路へ向かう。この日は「併せ馬で3ハロン42~43秒を目処」と話していたが、それと同時に前の組の2頭が併せ馬で先に走りだしても平常心を保たせたいとのこと。それは、集団で生活する馬に人間がリーダーであることを教える大切なメニューであり、これをしっかりとクリアできているという。坂路調教を終えた鞍上の山村主任は「終始手応えが良く、時計を出そうと思えばもっと出ますが、まだ成長途上の馬。現段階ではこれで十分です」と満足そうな笑みを見せた。
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最後に、「こちらで騎乗馴致を始めた1年前から90kgくらい体重が増えました。とくに暑かった今年の夏でもまったく食欲が落ちずに、与えたカリキュラムをスムーズに消化してくれました。こんな牝馬は、そうそういません。最初の頃は幼さばかりが目についた馬ですが、随分と逞しくなってくれました」と瀬瀬代表が総括してくれた。
ちなみに、今年の札幌2歳ステークスでクビ差2着だったジーネキングを送り出したのはエクワインレーシングだ。競馬に「たら、れば」は禁物だが、もし札幌2歳ステークスの1着2着の着順が入れ替わっていたら、コントレイル産駒の重賞初制覇であり、それを支えたエクワインレーシングにスッポトライトが当たっていたに違いない。そんな環境で優れたスタッフの薫陶を受けつつ、ゆっくりとだが、着実に大人への階段を上りつつあるサートゥルチェア。今後もその変化を楽しみながら見守り、応援していきたい。