本稿の主役を務めるブレッティレディに会うため、広瀬ステーブル本場を訪ねた。広瀬ステーブルは、昨年4月号で育成時代のペタルブランシュの募集馬スペシャルレポートで紹介しているが、当時とは様変わりしている。現在は茨城県稲敷市の高橋トレーニングセンターの施設内に本場を構え、その周辺の施設や、茨城県行方市にあるミッドウェイファームの坂路を有する調教施設などを、個々の馬の状態に合わせて使い分けているのだ。
ところで、栗東トレセン・高橋一哉厩舎に入厩予定である本馬が、なぜ関東の育成牧場にいるのか、不思議に思っている会員さんも少なくないだろう。これは、本馬の提供牧場であるタバタファーム代表が広瀬卓馬社長と懇意にしていることに端を発する。そもそも、広瀬社長は当クラブの代表者でもある松浦牧場社長と長年の付き合いがあり、とても親しい。その関係から、松浦牧場提供馬ペタルブランシュの育成を広瀬ステーブルが担ってくれた。そして、広瀬社長は松浦社長を通じてタバタファーム代表と飲み友達となったという(筆者はすすきので飲んでいるだろうと勝手に推測している)。ある日の酒席で、「そろそろ(タバタファーム)生産馬の育成をうちでさせてください」とお願いしたそうだ。営業努力の一環として、その日の飲み代は広瀬社長が身銭を切ったのかもしれない(笑)。そのやりとりは、広瀬ステーブルが開業して4年余りが経過し、手掛けた馬が重賞競走にも顔を出すような活躍を見せはじめていたタイミングでもあり、タバタファーム代表から「いいよ」と即答があった。
もうひとつの要因は、タバタファームが管理予定厩舎を選定する際に、広瀬ステーブルでの育成を快諾してもらえる事だった。高橋一哉師の新規開業と入れ替わりで解散した加用正厩舎は、タバタファームとゆかりのあるエース格厩舎のひとつで、川崎記念を勝ったミツバや本馬の母ディアボレットなどを管理していた。加用厩舎で特に懇意にしていたスタッフのひとりが高橋(一)厩舎への移動が決まったタイミングでタバタファーム代表がブレッティレディの管理を依頼し、快諾してもらったという流れである。
現在の広瀬ステーブルは外国人の元ジョッキーを増員したスタッフ構成になっており、きめ細かい育成・管理を行なっている。ちなみに、広瀬社長は海外から来日する騎乗者のエージェントと密接な繋がりを持っているため、個々の技量を判断するための実技チェックを広瀬ステーブルで行なっているそうだ。その際にひときわ高い技量を持つ騎乗者がいたら、広瀬ステーブルが優先的に雇用できる「美味しい(?)システム」を作り上げたという。こうして選ばれたハイレベルの外国人(皆さんがベネズエラ出身で、世界各国でジョッキー経験がある)騎乗者が、日々の調教をつけてくれているのだ。
広瀬ステーブルの管理馬が暮らす厩舎や洗い場などの施設は高橋トレーニングセンター内の本場に加えて周辺に点在するため、短距離ではあるが人馬の移動が日常的に行なわれている。移動時に一般道を曳き馬で移動する事も多く、おそらく初めて目撃した人は「道を馬が歩いている!」と驚かれるだろう。ただ、地域住民ならば日常的に目にする光景で理解も得られているから、トラブルはないので安心してほしい。
さて、ブレッティレディのレポートに戻ろう。昨年の11月に北海道から移動してきた本馬について、広瀬社長は「その頃は、タバタさんから聞いていたように、少し小柄で気性が激しく、さらに臆病な面がありました。でも、タバタさんの生産馬はそんな馬がむしろよく走ると聞いていましたし、驚きはしませんでしたが、育成するにあたってあまり良いイメージは湧かなかったのも事実です。それでも、1日2回の馴致を重ねた結果、学習能力が急激に高まったように思います」と振り返る。その後も、さまざまなハードルをクリアしてきた本馬を「激しい気性の持ち主だと思いますが、結構物覚えがよくて度胸もあるので、どんどん育成を進めていけそうです」と評したように、「良いイメージ」が湧いてきたという。
3月に入ってから、週1回は馬運車で片道50分ほどかかるミッドウェイファームへ移動して坂路調教をスタート。初めての坂路調教では持ったままで15秒を切り、「想像していた以上」と広瀬社長を驚かせた。筆者が取材にうかがったのは、2回目の坂路調教実施日だ。広瀬ステーブルで馬装を済ませてから馬運車に乗り込んだ本馬が、ミッドウェイファームに到着して、後ろ向きながら大人しく下車する様子に感心した。ベネズエラ人スタッフが騎乗して厩舎周りでウォームアップを行なってから、スロープを下って屋外ダートコースへ、そして坂路のスタート地点へと移動。1本目から力強い動きを見せたが、2本目ではさらにパワフルでストライドも伸び、迫力十分な動きに魅了された。しかも、併せた相手にぶつかってもひるむ事なく走り続ける気迫と集中力を発揮してくれ、感動すら覚えた。ゲート練習もつつがなくこなし、再び馬運車に乗って広瀬ステーブルへ戻っていった。前述したように広瀬ステーブルの厩舎エリアと洗い場の往復は一般道で、民家の立ち並ぶ道を当然のように落ち着いて歩く姿が興味深い。馬洗を行ないさっぱりして馬房に戻り、リラックスして投げ草をはむブレッティレディに別れを告げ、あらためて広瀬社長にお話をうかがった。「活発な気性なので前進気勢を強く出す事もあり、馬なりでどんどん体力が付いてくる感じ。1回目よりもさらに力強さが出て、はっきりと成長が判るほどの動きができていたので、仕上がりが早い馬だと認識しました」と広瀬社長が嬉しそうに評する。
後日、3回目の坂路調教を行なった後に電話取材をさせてもらった。「このときは2回の坂路調教を経験した他馬が疲れを見せていたので、この仔と疲れていない馬を選んで調教しました。そんな状況だったので、時計が出すぎないように抑えて走らせたけど、この仔だけまったく疲れていない感じだったんです。昨年の育成馬であるペタルブランシュと比較しても、遜色がないどころか、坂路での動きは上回っているように思います」と広瀬社長が話す。
コースや距離適性については「この坂路を力強く登れるという事は、ダート適性を示していると感じます。これまでの経験上でも、この勾配がきつく馬場が深い坂路は、芝馬よりもダート適性が高い馬のほうが良い走りをする傾向にありますから。そして、本馬は気性も馬体も間違いなく短距離が向いていると思います。芝が向かないと決まったわけではないので、デビューの暁には、できれば芝千二も試してほしいですね」と話してくれた。
続けて「3度目の坂路調教後にミッドウェイファームの厩舎周りを常歩運動している姿が実に堂々としてきて、精神面の成長もかなり感じさせてくれました。馬運車での移動による調教が、この馬にとってかなり功を奏してくれているのでしょう。おそらく、スピード調教をやればやるだけ動いてくれる馬だと思うけど、馬体面はもっと変わってくるだろうし、精神面は成長したといってももっと学んでいかないといけない事もあります。それと、美浦トレセン入厩馬であれば、入厩からゲート試験、デビューに直接繋げていけるかもしれないけど、この仔は栗東所属なので、おそらく一旦は栗東近郊の牧場を経由して環境などの変化を見てからトレセンに入る事になるでしょう。ですから、こちらでは仕上げきる必要はないので、うまくバトンを渡せるように育成を進めていければと考えています」という。
1歳の9月から騎乗馴致を始める馬も多い中、11月から開始した本馬について、広瀬社長は「早くから馴致・育成を進めていくのが早期デビューするためのセオリーになっているけど、そんな事はないと思っています。無駄にお金をかけてまで馬に無理をさせる必要はないのでは? もちろん馬によって結果は変わってくるものだけど、遅めに後期育成に進めるからこそ、時間をかけてストレスが少なく馬体成長させられるというメリットもあるでしょう。ペタルブランシュもそうだったけど、2歳の早期デビューができていますからね」と力強く語る。取材時のブレッティレディを見て、そのメリットが十二分に発揮されていると感じた。
インタビューの最後に、「いろいろな縁で預けてくれた馬たちを少しでも活躍させ、また次世代も預けてもらえるように、もっと言えばその牧場の最上位の血統馬や期待馬を育てさせてもらえるように、結果を出していきたいです。まずは、頑張ってくれているけどまだ勝てていないペタルブランシュを勝たせる事、そしてブレッティレディを移動先で褒めてもらえる事を目標に、頑張っていきます」と、真摯な口調で結んでくれた。