
昨年の2月上旬、BTC軽種馬育成調教センターの屋内坂路に備えられている電光掲示板が示した数字は「15.3-13.713.3」。同コースの監視モニター室に「あの2歳馬はなんだ!?」というどよめきを走らせたのが、グリニッジローズであった。本誌415号の募集馬スペシャルレポートでその豊かな資質を紹介した本馬が、およそ10カ月を経て再び主役を務める事となった。
そして12月下旬は、2月と同じコースの電光掲示板が示した数字は「14.3-12.6-11.9」、3ハロンの合計は、衝撃的ともいえる38.8秒だ。これは、「復活」ではなく「進化」だった。「年明け早々に移動予定です。もう、身体はできているので、今日は仕掛けたときの反応を確認します」と言い残し、馬上の人となった満田英樹ゼネラルマネージャーの手が、ラストに気合いを付けた。グランデファームの衣斐社長が全幅の信頼を置くベテランのホースマンが、引き揚げてくるなり、「休養前よりも明らかにパワーアップしています。それにしても軽く仕掛けて促しただけでこの時計とは」と、少し呆れたような、そして満足そうな顔で話す。衣斐社長も「目標は2月の新馬戦です。どのレースを使うのかは田中剛調教師の判断になると思いますが、十分に好勝負になると思っています」と胸を張った。左前肢の繋骨(左第一指骨)骨折というアクシデントを乗り越えて、たくましさを身につけた本馬に目を細めている。

順調すぎるくらいにメニューを消化してきたグリニッジローズに異常が見つかったのは3月下旬の事だった。その1カ月以上前から屋内坂路で13秒台を連発するなど注目を集める1頭だったが、調教後に跛行。すぐにレントゲン検査を行ない、前記のアクシデントが判明した。「競走馬の症例としては決して珍しいものではありませんが、大きな跛行だったので一時は競走馬として諦める事も考えました。期待の大きな馬で、早期デビューを視野に入れていただけに、このアクシデントは本当に気が病みました」と衣斐社長が振り返る。
新ひだか町三石の高度医療センターでボルトを埋め込む手術を行ない、ギプスで固定。舎飼いで我慢の日々が続いたが、その間もスタッフを驚かすような優等生ぶりを発揮している。「痛みがなくなってくると元気を持て余す馬が多いなか、グリニッジローズは暴れるような事もなく過ごしていました。気の良いタイプで、調教中は自分からグイグイと進んでいくタイプなのですが、この馬はじっとおとなしくしていました」と満田マネージャーが話す。何よりも驚いたのはギプスを巻いたまま馬房で寝ころんでいた事で、「あんな馬は初めてです。患部への負担を軽くしようと思ったのかどうかはわかりませんが、身体が相当に柔らかくなければできない芸当だと思います。改めて素質の高さを感じました」と回顧する。静養中にはタワーオブロンドンの初年度産駒パンジャタワーがNHKマイルカップを勝ち、同じくレイピアが重賞の葵Sで3着後に古馬混合の特別戦を連勝というニュースが入ってきたが、焦る気持ちをぐっと抑えて我慢の日々が続いた。だが、グリニッジローズはのんびりと与えられた環境を楽しんでいるような、そんなそぶりさえ見せていたそうだ。
そして怪我から4カ月が経過した7月下旬に騎乗運動を開始し、8月下旬からはBTC軽種馬育成調教センターでの調教を再開させて現在に至っている。「もともと13秒台のペースまで進めていた馬ですから、無理をしているわけではありません。調教再開後は、患部に熱を持つ事もなく順調です」と満田マネージャーが順調さをアピールしてくれた。そんな順調な回復ぶりに衣斐社長も「母にとっての初仔ですので出生前から手探り状態だったのですが、さすが薔薇一族の血を引く馬だけあって、生まれた時から手応えを感じさせてくれました。配合的な事は前回の特集を組んでいただいたときにお話しましたので重複は避けますが、力強さを兼ね備えたスピードタイプだと考えています。そして、それは乗りはじめた頃から確信に変わっていました。この馬とフィオラーノは、新馬戦を勝てるだろうと思っていた馬で、実際フィオラーノは6月の新馬戦に勝ってくれました。それだけにこれからも期待しています」と、本馬の「復活以上の進化」に胸を撫でおろしている。

怪我やアクシデントは競走馬にとって宿命といえるものだが、そうした試練を乗り越えたグリニッジローズは、順風満帆ではなかったからこその強さを身につけている。今から10カ月ほど前に、満田マネージャーは「お値打ち価格」と、本馬を表現してくれた。その気持ちは今も変わらず、というよりも、むしろ強くなっている。「新馬戦から期待できる馬と言い続けてきました。少し遠回りをしてしまいましたが、その気持ちは今も変わっていません。だけど、競馬は新馬戦で終わりではないですし、この『進化』によって、より長く楽しめる馬になってくれるはず」と、グリニッジローズが持つポテンシャルへの大きな期待を言葉に変えてくれた。

