「トレセンへ移動する話が出たので、ゲートから出していく練習をしたのですが、完璧にクリアしてくれました。ゲートでこれだけの動きをしてくれるのならば入厩からデビューに至るまではスムーズだと思いますし、ゲートから出していく練習をしたことによって馬の精神面が良いほうに向くことを期待したいと思います」とグランデファームの満田英樹ゼネラルマネージャーが言葉を選びながら話してくれた。そのゲート練習とは、ゲート内での駐立、そしてダッシュと加速の確認で、より実戦に近い形をとるため、併走馬とともに行なう。「これまでもゲートの扉を開けての駐立、通過はしっかりと行なってきたので心配はしていなかったのですが、こちらが思っていた以上にあっさりとクリアしてくれました。実戦向きの性格かもしれません」と評する。
少々補足させてもらうと、まだゲートの存在を知らない若馬がいきなり狭いところに閉じ込められたうえ、大きな音とともにダッシュ(そこから逃げる事)を求められるという訓練だ。それゆえ、ゲートを恐怖と感じてしまえば、初回は問題なかった馬でも2度目はゲートに近づくことさえできなくなる。そうなってしまうと時間をかけて慣らしていくしかないのだが、ローレルマティーニはその後のゲート内でも大人しく待機することができ、扉が開くと同時に勢いよく飛び出していった。そのエピソードからも、高い競走センスが垣間見える。
そんな本馬の競走名はローレル「マティーニ」。母リコリアーノの父タニノ「ギムレット」と、額の星がカクテルグラスの形に似ていることから名付けられたそうだ。カクテルという飲み物は、さまざな個性を併せ持つ酒やジュースなどを時にはシンプルに、そして時には複雑に組み合わせることによって、絶妙な味と香りを生み出す。その長い歴史の中で、多くのバーテンダーを悩ませ、そして多くの人々を楽しませてきた。そういう意味では、サラブレッドとよく似ているかもしれない。
本馬の血統背景について、「タニノギムレットは、その父ブライアンズタイムに入る底力満点のGraustarkを3×4でクロスさせた名配合馬です。競走馬としてダービーに勝ち、種牡馬として歴史的名牝ウオッカを送り出しました」と衣斐浩代表が口火を切った。Graustarkは米国リーディングサイアーとなったHis Majestyの全兄で、自身は英国と米国のリーディングブルードメアサイアー。母系に入ってRibot系らしいスタミナと底力を伝えることでも知られている。リコリアーノの母レースパイロットはキングカメハメハの半妹。3歳春のフローラSでは勝ったディアデラノビアからクビ差の2着と優れた資質を発揮した。繁殖牝馬としての期待の大きさは、現役引退後に豪州へ渡ってRedoute’s Choiceと配合されたことからも窺い知れる。
本馬の母リコリアーノは、そのレースパイロットの第4仔だ。木村哲也厩舎に所属したものの、5月生まれで体も小さく、おまけに新馬戦を除外されるというアクシデントもあってなかなか結果を出せなかった。しかし、3歳夏の新潟競馬芝2000m戦では勝ち馬から0.3秒差の2着という惜しい星もあり、その血統構成に目を付けた衣斐代表により、繁殖牝馬としてグランデファームに迎え入れられた。サトノクラウンとの配合について、衣斐代表は「Mill Reef5×6や名牝Sex Appealの血を内在させるLast Tycoonの血が3×4でクロスし、タニノギムレットが持っているGraustarkを7×5・6で継続させるほか、父サトノクラウンが5×5で持っているBuckpasserのクロスを6・6×7で継続させるのが狙いでした」と解説する。そうして生まれたのが「コンパクトなフレームに対して柔軟な筋肉量に恵まれ、全身を大きく使ったフォームが父サトノクラウンとよく似ている」という本馬だった。
サトノクラウン産駒の牝馬らしく「頑張りすぎちゃう性格」で、テンションが上がりやすい面も垣間見せたというが、騎乗馴致をスムーズに終えた。現在はBTCにあるウッドチップの屋内1000m坂路コースと1周1600mのダートトラック、そして全長2000mとも言われている広大なグラス馬場を交えて基礎体力に励む日々だ。「性格的にはまだまだ子供。ハロン15秒程度の頃は追ってどれだけ伸びるのだろうかと思わせましたが、今はまだギアを残している感じがあります」というものの、軽度の夏負けを乗り越えて、現在は坂路で14~13秒台を楽にマークできるほどに復調してきた。
取材当日のメニューは、ウォーキングマシンで十分なウォーミングアップを施したのちグラス馬場を通って坂路1本というもの。馬房内でくつろぐ本馬は、表情や仕草に幼さを残している。だが、無口頭絡をつけて馬を繋ぎ、裏掘りとブラッシング、さらにバンデージを巻いて鞍を置くと、その表情に緊張感が走る。酷暑の期間は調教ペースを落としていただけに、馬に気持ちが入るのは早い。当日のテーマは「リラックスして走らせること」。まだ走ろうという気持ちに体が付いていけずにバランスを崩すことがあり、そのため単走追いを多くするなどの工夫をしながら進めているそうだ。「4月下旬生まれながら、春後半から夏にかけて背が伸びているように、身心ともにまだまだ成長途上。もう少し精神的に大人になってくれれば、さらに成長してくれるはず」と、衣斐代表は期待を寄せている。
さて、父サトノクラウンはデビューから不敗の3連勝で皐月賞に駒を進めた天才ランナーだった。古馬になってからは香港ヴァーズの舞台で世界の賞金王ハイランドリールを破り、5歳夏の宝塚記念では伸び悩むキタサンブラックを相手に先頭ゴールインを果たしている。天皇賞・秋で、泥田のような馬場をものともせずにキタサンブラックを追いつめたレースをベストパフォーマンスと言う人もいる。
現役引退後は種牡馬となり、その初年度産駒の中からダービー、そして香港のクイーンエリザベス2世カップに勝利したタスティエーラを送り、同世代には3連勝で桜花賞に駒を進めたトーセンローリエもいる。初年度産駒からダービー馬を送り出したのは2009年のネオユニヴァース以来14年ぶり15頭目。自身が日本ダービー馬ではない内国産種牡馬としては、1979年のハイセイコー以来、実に49年ぶり史上2頭目という快挙だった。牝馬に活躍馬が多いことも特徴的で、今年のエルフィンSに勝ったヴーレヴーや、今年夏のJRA北海道シリーズで松前特別、五稜郭Sを連勝し、重賞のクイーンSでも勝ち馬に0.3秒差まで迫ったパレハなど、父譲りのレースセンスとスピードを武器に活躍する馬が多い。
取材終盤、あらためてローレルマティーニについてうかがった。「基本はピッチ走法なのですが、不思議なことに坂路コースよりもダートトラックコース、ダートトラックコースよりも芝コースのほうが良い動きを見せてくれます。血統からも、そうした個性からも芝向きだと思います」と評価する。入厩まで残り1カ月をきり、牧場でできることも限られてはいるが、「もう少し全身を上手に使って走ることができれば、隠し持っているはずのギアを引き出すことができるでしょう」と、真摯に馬と向かい合っている。
カクテルは、同じレシピであっても作り手によって全く違うものになると言い、その奥深さが人々を魅了してきた。前述と重なるが、サラブレッドも同様だと思う。2025年、グランデファームは8月25日現在でフィオラーノを含め3頭のJRA2歳新馬戦優勝馬を送り出している。ローレルマティーニに対して、同ファームがどんなエッセンスを加えて厩舎に送り出してくれるのか、本当に楽しみだ。